2007,10,16, Tuesday

西国街道
西国街道(さいごくかいどう)とは、江戸時代における山陽道の呼称で、律令時代に整備された大路と一致する。
特に六宿駅。山崎宿(大山崎町・島本町)・芥川宿(高槻市)・郡山宿(茨木市)・瀬川宿(箕面市)・昆陽宿(伊丹市)・西宮宿(西宮市)が設けられていた京都から西宮の区間を指し山崎通(やまさきのみち)といった。大坂を経由せずに西国へ抜ける脇街道として西国大名の参勤交代に利用され繁栄した。
現在、旧街道に並行するように国道171号線が京都~西宮間を結んでいる。
なお、大坂経由の街道として京街道(京~大坂)・中国街道(浜街道)(大坂~西宮)が整備されており、これらは現在でも主要な幹線道路のルートとして引き継がれている。
また、幕末には、1867年(慶応3年)の神戸開港に伴い、生麦事件のような外国人と大名行列の衝突を避けるために、石屋川(神戸市東灘区)~大蔵谷(明石市)間を六甲山中を抜けて迂回する西国往還付替道も開削された。しかし、開通3ヶ月後の1868年(慶応4年)3月に、外国人居留地を小迂回する別の道路が設けられ、あまり使われないまま廃れていった。現在、神戸市・明石市内に部分的に残る西国往還付替道は、地元では徳川道と呼ばれている。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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